古来日本人にとって山とは、神が降臨される場所 『神の磐座−かみのいわくら−神の鎮座する所』 と考えられてきました。
又、農業にとって最も大事な水の源流のあるところで、水を支配する 『水分神-みくまりしん』 と見なされ、さらに、その水が農業の豊かな実りをもたらすことから、豊穣の神、農業の神とされ、また天に一番近い所から、死者の霊魂が帰っていくところ、浄土とも考えられていました。
こうした日本古来の山岳観と、神道、道教、仏教が融合されて、修験道が生まれ、そしてこの修験道は、平安時代以降に確立発展させていきました。
しかし、明治に入って政府は、「神仏分離令」を発し、それまで神仏習合の色合いが強い神社仏閣を、神社と寺院とにはっきりと分離させるようになり、そして修験道もその影響を多くうけるようになったのです。
戦後、宗教が自由になると、かっての修験道宗派は次々と、「金峯山修験本宗−金峯山寺」 「本山修験宗−聖護院」 「真言宗醍醐派−醍醐寺」として立宗。
現在では大小さまざまな修験道の宗派が存在して、再び活動を活発化させています。
山伏というのは、山 に入って修行をし、罪、汚れや煩悩といった悪を降伏 ( ごうぶく )させるというところから、そう呼ばれるともいわれています。
現代は、物質文明の行き詰まりにより、人々は精神性を求めるようになり、自然や宗教に眼を向けはじめています。
この修験道の、山に入って自然の霊気に触れ、心身を浄化させ、そして再び清浄な心になって生まれかわる「擬死再生」の思想が、現代の人々が自然に何かを求め、自然の中に入って、すがすがしい気持ちになり、新たなエネルギーを充実させようとするのに、通じるものがあるのだと思います。
そしてそれが今、修験道が活発化している所以ではないでしょうか。
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