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修 験 道
syugendou

 ハスの花






修験道の歴史
古来日本人にとってとは、神が降臨される場所 『神の磐座−かみのいわくら−神の鎮座する所』 と考えられてきました。

又、農業にとって最も大事な水の源流のあるところで、水を支配する
 『水分神-みくまりしん』 と見なされ、さらに、その水が農業の豊かな実りをもたらすことから、豊穣の神農業の神とされ、また天に一番近い所から、死者の霊魂が帰っていくところ、浄土とも考えられていました。

こうした日本古来の
山岳観と神道道教仏教が融合されて、修験道が生まれ、そしてこの修験道は、平安時代以降に確立発展させていきました。

しかし、明治に入って政府は、
「神仏分離令」を発し、それまで神仏習合の色合いが強い神社仏閣を、神社と寺院とにはっきりと分離させるようになり、そして修験道もその影響を多くうけるようになったのです。
戦後、宗教が自由になると、かっての修験道宗派は次々と、
「金峯山修験本宗−金峯山寺」 「本山修験宗−聖護院」 「真言宗醍醐派−醍醐寺」として立宗。
現在では大小さまざまな修験道の宗派が存在して、再び活動を活発化させています。

山伏というのは、 に入って修行をし、罪、汚れや煩悩といった悪を降
( ごうぶく )させるというところから、そう呼ばれるともいわれています。

現代は、物質文明の行き詰まりにより、人々は
精神性を求めるようになり、自然や宗教に眼を向けはじめています。

この修験道の、山に入って自然の霊気に触れ、心身を浄化させ、そして再び清浄な心になって生まれかわる
「擬死再生」の思想が、現代の人々が自然に何かを求め、自然の中に入って、すがすがしい気持ちになり、新たなエネルギーを充実させようとするのに、通じるものがあるのだと思います。

そしてそれが今、修験道が活発化している所以ではないでしょうか。



神仏習合 しんぶつしゅうごう - 日本固有の神の信仰と、仏教信仰とを折衷して融合調和することで、奈良時代に始まり、神宮寺・本地垂迹(ほんじすいじゃく)説などはその現れです。 神仏混淆(こんこう)とも言います。
神宮寺とは、神社に付属して置かれた寺院の称。        
 

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